実は一番怖い「民主主義」

独裁というのは一般的にマイナスイメージで語られる。

しかし、必ずしも悪いものだとは言い切れない。

例えば開発独裁などの事例もあり、状況によっては必要とされる場合もある。

もちろん一歩間違えれば、最悪の状態を生み出すこともできる政治体制であることは間違いない。

 

しかし、それと同等か、もっと怖いのは「民主主義」である。

民主主義、最大のポイントは国民が良しとしたらなんでもできてしまうこと、そして独裁と違い、責任の所在が無いこと。強いて言えばその時代の空気としかいえなくなってしまう。

最悪なのは民意が十分に育っていない国では、無理に民主化すると国民が何でも決めることができてしまい、よく考えてみればとんでもないことがその時の熱狂で決められてしまうことがある。

それは時に国家を破壊してしまうこともできる。国民がそうと言えば文化も伝統も破壊することができる。

なんてことはない。独裁と同じくらいの危険性をはらんだ政治体制なのだ。

思えば、ナチスを産み出したのも民主主義でおいてだ。

国民の倫理観、価値観、教養レベル等が高い状態なら問題はないのだろうが、そんな国滅多にない。どんな国だってその時々の熱狂というものは存在する。国民全員がそんな流れに流されないで冷静に自身で思考する、そんな国ないだろう。

 

そして今の日本もそんな民主主義の壁にぶつかっている。

例えば女系天皇の問題。

女性の社会進出は進んでいるだとか、象徴は尊敬の具合が大事であるから血筋は関係ないだとか。

世間一般の女性の社会進出と天皇を同列の事案として考えるべきではないし、象徴は尊敬の具合が大事だとか極めて稚拙な議論に終始している。

敗戦以来、アメリカによって日本国民は日本に関して知ることを禁止されてきた。その最もたる皇室や天皇については今の国民は特に理解が進んでいないだろう。そんな状態で民主主義を振りかざし、そのときの熱狂で2600年以上続いてきた天皇のあり方を変えるのは非常に危険極まりない。

 

もちろん変えるべきところは変えるべきだが、あまりにも暴論と言えるような主張が多くまかり通っているような気がしている。

だからこそ今の日本には、多少の独裁が必要なのだ。

安倍首相は独裁だ、と言われることがある。

からしたら一つも独裁なんかではないのだが、そう言われるくらいの行動力があるのは頼もしい限りである。

 

今の日本の民主主義はアメリカを模倣したものであるのだが、そもそも移民大国であるアメリカと単一民族国家である日本とでは同じ民主主義を適用する時点で無理がある。

アメリカが価値観の違う多くの移民をまとめなくてはならない必要から民主主義を使うのはわかるが、一定の価値観を共有している日本にはそんな民主主義はあまり効果的ではない。

もちろんだからといって独裁でいいかというわけではなく、民主主義でいいと思う。

つまり度合いの話。

 

この問題について考えるときいつも、明治の人は偉かったんだなと思う。

大日本帝國憲法は多少専制的であったが、それが日本に合っていると知っていたからそういった仕組みを採用したのだ。

大久保利通はわざわざ欧米視察に行き、各国の政治体制をよく調べた上で、日本と国の体制が似ているイギリスが採用している立憲君主制を提言した。

現状と歴史をよく調べて作った憲法、政体だからこそ、日本に合っている。

 

今の民主主義はただのアメリカからの輸入品。

日本やイギリスのように君主が存在しないアメリカ型の民主主義は、君主(日本で言えば天皇)をすっ飛ばして国民がダイレクトに国のあり方を決める。

それもそのはずだ。アメリカには君主は存在しない。だからアメリカはそれで正解なのだ。

ただ日本は違って天皇がいるし、その天皇を頂点としてやってきた2600年以上の歴史がある。

それを無視して、安易なアメリカ型民主主義の元で国の根幹を変えてしまうのは危険極まりないし、絶対に避けなければならない。

いま最も必要なのは、日本にあった明治のようなの民主主義ではないかと思う。