「ホンモノ」であるということは

(ブログを整理したため古い記事の再掲載になっています)

 

民主党蓮舫代表の二重国籍問題。

 

正直なところ、二重国籍であろうがなかろうががどうでもいい。

必要なのは能力があるかどうかという一点に限られる。

 

もちろん日本は法治国家である。違法であるというのは咎められなければならない。

が、それよりも重要なのは、問題が露呈した際の国民の反応だ。

過失が1つもない人なんてこの世には存在しない。誰しもが過去を洗いざらい探し出せば、1つや2つ問題になるようなことは出てくるだろう。
では、政治家として蓮舫議員はどうすれば良かったのか?
 

それは、「まぁ、見逃してやるか」と思われるくらいの実績と力を持つべきだったのである。

要するに政治家としての能力があれば良かったのだ。
政治家として才能があり、影響力も強いような人は、例え誰かが過去の過失をリークしても国民はそこまで問題視しないだろう。
そんなに能力のある人を、些細な過失によって失ってしまうのは国民としてもったいないからだ。

例えば小泉純一郎元首相など、常にと言っていいほどの失言、そして過去の問題も噂されていた。それでも支持率は下がらず、人気も衰えなかった。

根本には小泉政権に対する国民の信頼が強かったから、そこまで大きく問題視されなかったのではないだろうか?
 
つまり今回の蓮舫氏の二重国籍問題での一番の問題は、蓮舫議員自身に人を惹きつけるほどの政治能力が無かったということだ。
 
ホンモノであるかどうか。
問題の真相より、そこが一番重要である。
事件や問題はそれを表面化した現象に過ぎない。
信頼がなくなってきた頃、問題は大きく取り沙汰されるのである。